祈りよ闇を照らせ
[IV]

数日後、騎士はいつものように首都のその小屋を訪れた。
つとめて何気ない顔をして、アコライトをまた狩りに誘うつもりでいた。

(今、俺にできるのは、そんなことぐらいだ……。)

しかしその日、そこにはプリーストだけが一人で座っていた。
しん、と静まった小屋の中へ、騎士は声をかけた。
「やあ。……どうした?彼女は?」

プリーストが面を上げた。その顔は少し青ざめ、髪の毛が張り付いている。いつも身綺麗にしている彼女らしからぬ風情だ。
「もうここには居ないわ。……と言うべきか……亡くなりました」
騎士は耳を疑った。「……何……だって?」 プリーストが言葉を次ぐ。
「私の手で土に帰したから」

騎士は理解できないといった顔をし、プリーストに詰め寄り、その肩をがしっと掴んだ。
「どういうことなんだ!」
「……落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!?」我知らず、騎士はプリーストの肩を揺さぶっていた。

「お願い。……初めから全て……話すから」

騎士はプリーストを放し、溜息を大きく吐きながら、よろめくように椅子に腰を落とした。その顔は真っ青になっていた。

「少しだけ、昔話をさせてちょうだい」
プリーストはある司教の名を口にした。「ご存知かしら?」
「聞いたことはある。今、聖職者の間で用いられている蘇生術を完成させた功労者だったが……
戒を破って国を追われたという話を」
「私の、父よ」
「……!?」

「知らなかった……。」
「父は実は国を追われたわけではなかったの。研究成果を焼かれ、全ての名誉を剥奪され、石で打たれて殺されたの。
私は親戚に引き取られて、名前を変えて……父のことで迫害を受けることもなく普通に暮らすことができた。
それでも父の名誉を回復したいという気持ちを胸の奥に隠して、私は育ったわ……。

父の破った戒というのは……聖なる術式とは異なった手法による蘇生術の研究だった。

これが何か、わかる?」
プリーストは一枚の札を取り出した。

「……『返魂の札』だ」
「そう。死者に貼り、仮初の生を与えるという札。
父はこの札を使ってもなお、一時的な偽りの生ではなしに魂を呼び戻す研究を進めていたの。

父もずっと研究に携わってきた聖なる術による蘇生は、
昔に比べるとずいぶん術式として安定したけれど、それでも聖職者しか行えぬ上に生涯にほぼ一度しか有効でない…

イグドラシルの葉による蘇生は聖職者に限らず可能だけれども、
葉は有限で貴重であり、これも誰でも何度でも使えるというものではない……。
それらに代わる新たな蘇生術を、父は見いだそうとしていた。

それでも父自身、聖なる術とは異なる経路から魂を呼び戻すこの術の研究は、極秘にすべきものだと分かっていた。

しかしどこからかそれが教会に知れ……
この研究をしていたことそのものが教義に反するとされて、父は罰せられることになったの。
いかなる弁護も認められることなしに」

「……まさか、お父上の研究のことを知った、他の研究者に陥れられて……」
「そこまでは分からないわ。私も既に聖職者のはしくれだった。
全てを調べ上げて何かを知ってしまい、憎しみによる悲劇をいつまでも繰り返すことも……多分怖かったのね。
それでも、父の研究の成果をこの目で確かめたいという気持ちは心のどこかにあった。
研究結果は焼かれ失われても、参考にしてきた文献は残っていたから
私はそれを基に父の理論を、そして術式を再現し…動物実験までは何ら問題なく成功していた」

「……まさか」

「あの日、悲鳴を聞いて私が狼の群れに飛び込み、彼女を抱えて首都へ戻ってきたとき……
彼女は既に事切れていたの。本当は辿り着いた時既に全ては終わっていて。
そこにあったのは噛み裂かれた見るも無残な姿だった。
けれども蘇生の術式は使える……いつものようにそれを使おうとして私は、手元にある札のことを思い出してしまった」

「……!」

そこへプリーストが駆けつけなければそのまま消えていた筈の。
剣士と共にその場へ訪れることがなければそもそも死ぬこともなかった筈の。
彼女の命。

一瞬の魔がそこへ降り立ったのか──。

「その結果、私達と普段はまるで変わらない、けれどヒールだけが効かないという人間が生まれてしまった。
父の理論に穴があったのか、私が何か失敗したのか……
そんなことは彼女の苦悩の前にはどちらでも同じことだったわ。
こんなことになるなら普通に蘇生させるべきだったのよ。
私は彼女を一見慈しんでいたけれど、彼女を実験台扱いしたという罪の意識から逃れたいだけだったんだわ!」

プリーストは泣きながら叫んだ。

「どうして貴方に彼女のことを頼んだか分かる?
一緒に戦っていても貴方、決して後衛に傷ひとつ付けまいと見事に立ち回ってくれていたわね……
狩りに行くにも、この人と共に行動させておけば、私の過ちが露見しないと思ったからよ」

「……」
それは本当だろうけれど嘘でもあるだろう、そう騎士は思った。
おそらくは自分のためだけにではなく、アコライトを出来るだけ苦しめまいとしたのだ。

「でも、戦闘の場で他の誰に分からなくても、彼女には分かってた。自分自身にヒールが使えないことを。
そして彼女自身の心の傷とその事実とを重ねて、どんどん自分を追い詰めていってしまった。
彼女は何も悪くなかったのに苦しむばかりで……」

「それで……どうしたんだ。彼女を……彼女は……」

「昨日……毒を盛ったの。出入りのアサシンから分けてもらってね。
蘇生術を何度も行うと本来は二度と蘇生できなくなる危険があるから禁じられているのだけれど、
一度殺してから正しい蘇生術を施せば、あるいは彼女を普通の身体に戻せるかもしれないと……
彼女に知られないように研究を続けてきたけれど、私の能力ではそれくらいしか手段を講じられなかった。
……でも……もう正しい蘇生術では……魂は呼び戻せなかった!!」

小屋の中にプリーストの嗚咽が細く響いた。

「……私を、殺して」

「……何てことを言うんだ……!」
騎士はとまどいと非難の入り交じった目でプリーストを見た。

「命も尊厳も捨てて父が研究してきたものは、人ひとり救えない呪われた術で……
でもそれを呪いに貶めたのは私なのよ。
私が馬鹿なことをしなければ彼女はあんなに苦しむことはなかった」

すすり泣く声が小屋を満たしていく。

騎士の目に、ふと何かを思いついたように暗い光が宿った。
「……そうするよりないと、もし思うのなら」

騎士が立ち上がり、プリーストの方へ一歩、また一歩、にじり寄った。
「札は、もう、無いのか」

プリーストは始め戸惑いの、やがて何かに気づいたように驚愕の表情を浮かべた。
それを見た瞬間、騎士もはっとした顔をした。

「……すまない」呻くように言った。「どうかしてる……こんなことを思いつくなんて」

プリーストは乾いた唇を開こうとしたが、何の言葉も出てこなかった。
誤った生を与えられた彼女と同じ制限の中に生き、その命を弄んだ罪を贖い続けろと。
気の迷いとはいえ、そんな呪詛が人に優しく自らに厳しいこの生真面目な青年の口から吐き出されるとは……!

確かに、この人はこのような闇に巻き込まれるべき人ではなかったのだ。

全ては、自分が。

プリーストはよろよろと立ち上がり、部屋の隅から小さな箱をとりあげた。
「実は、あと一枚だけあるの」

「……!」

騎士は思いつめた顔でしばらくプリーストを見つめていた。そして箱を。

その夜、首都の一角で古い小屋が炎上した。
幸いにして周囲に燃え移ることもなく消し止められたが、そこに住んで居た筈の人の姿はどこにも見当たらなかった。
やがてその界隈の人々はその小屋のことも、そこに暮らしていたプリーストとアコライトのことも忘れ去り、
変わりなく月日を重ねて行ったのであった。

FIN

モドル