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アコライトを抱きかかえた騎士が息を切らせて駆け込んできた。
アコライトは腕の中で青ざめてぐったりしている。
「どうしたの、大丈夫?」
「ひどく囲まれてしまって。……俺は平気だが、彼女が」
プリーストは一瞬息を呑んだ。
アコライトをベッドに寝かせながら、プリーストが言った。
「この子……ヒール効かないのよ」
「え!?」
「今まで気づいてなかったのね……本当にしっかり守ってくれてたのね。
大丈夫、ポーションなら回復できるから」
プリーストがぐったりと横たわるアコライトにポーションを飲ませると、彼女の瞳に生気が戻ってきた。
「あ……」
「良かった」騎士が溜息を洩らした。「しかし、どうしてそんなことが」
プリーストは黙ったまま視線を落としている。
アコライトは横たわったまま視線を逸らし、一瞬の沈黙のあと、ぽつりと呟いた。
「それは多分」
夕闇が窓から部屋の中へ入り込み、陰を濃く染め始めていた。
「私の……心がけの問題なんですよ」
騎士が訝しそうな顔をした。
「心がけって……どういうことなんだ。一体どこに問題があるっていうんだ?
いつも君は俺への支援もしっかりと果たしてくれるし
行き会う他の旅人たちに対しても、可能な限りの手助けをしているし。
そもそも、心がけが何かスキルに影響するとでも?」
「……」
「少し出てくるわね」プリーストが立ち上がり、騎士にこう声をかけた。
「ゆっくりしていってちょうだい」
プリーストが部屋を出ていくのを見届けてから、アコライトは口を開いた。
「どうして私がアコライトになったか、お話したことはなかったですよね」
「彼女から少しだけ聞いてる。君は怪我をしていたところを彼女に救われ、
そのままこの街へ連れられて来てアコライトになったんだろう?」
「そうですね。そういう、自然ななりゆきに見える話です」アコライトは何故か自嘲するような表情を見せた。
「私がアコライトになったのは、神に仕えるためでも、
姉さまに憧れ誰かを救いたいと思ったためでも、ありませんでした。
戦いのさ中、誰かを信頼して背中を預けることが……想像するだけでも怖かったからです。
自分の身は自分で守るしかなく、自分で回復ができなければ誰も助けてはくれないのだと思っていたのです。
私は昔、一度死にかけたことがあります。旅に出たばかりのときでした。
その日から、他人とは私にとって、信頼し支え合うことのできる存在ではなくなりました。
最後に頼れるのは自分しか居ないのだと、そう思うようになりました。
我ながらどんなに悲しく辛かったことでしょうか。
人を信じることができない……どんなに忘れようとしても、ふとした瞬間にあの恐怖が蘇ってくるのです。
私は、その恐怖からも、人を信じられないという思いからも、逃れたかった。
そう思ってアコライトになり……
確かに、誰かに背中を預けることはありませんでした。
けれども、私は自分の身を自分で回復することができません。
本来ならばいざというときそれができるのがアコライトであるのに。
自分にヒールが効かないというその事実は、
神に仕え人を癒そうというアコライトの正しいありかたに心で背いている私を、
人を信じることのできない私を、常に罰しているように思えました。
だから私は他人に対して回復の術式を唱え、支援を行いました。
自分の後ろめたさを誤魔化すためだけに……」
「俺は」騎士が珍しく声を上ずらせた。「俺は君に助けられていたよ……何度も……」
「だけどそれは……表向きだけだったんですよ?」
騎士の表情が強張る。
「とはいえ、貴方にはずっと感謝はしていました。
何くれとなく気にかけていただいて……いつも私を必要としてくれていて。それは嬉しかった。
私が人を信じなくても、私を信じてくれる人は居るのかもしれないと思えて……」
「俺は勿論、君のことを信じているよ。……だから」
「ありがとう、そう言ってくれて。
けれど私ね……試してみたんですよ。草の葉で指先を切って。
誰も見ていないところで誰にも知られぬよう、ヒールを唱えてみました……
だけどやっぱりその傷を癒すことは、私にはできなかったんです。
人に信じられ人を信頼したいと、私だって頭ではそう思っているつもりなのに、
心の底ではそうではないのだと思い知らされるように」
自分へのヒールが効かないのは人を信じられぬせいで、その証であるだなんて──。
馬鹿げた思い込みだと、思った。
だけど。
自分にヒールのできぬアコライトなんて知らない。何が原因でそうなっているのかなど、見当もつかない。
ただの思い込みだと否定できるだけの材料すらない。
そして彼女はその思い込みに囚われ、身動きができなくなっている。
一体どうしたら彼女をそこから自由にしてやれるのというのか。騎士は唇を噛んだ。
「習い覚えてこの手に宿る聖なる術式は、この心を預けることができぬ他人にしか効きません。
一人で生きていきたくとも、自分では自分の身体を回復することもできません……
こんな状態で、どうして私、生きることもアコライトでいることも止めてしまえないのか。
──人と関わることをすっかり諦めてしまえずにいるのか」
「それは。それはやはり君が人を信じたいからじゃないのか」
「……そうでしょうか」
アコライトが抑揚のない声で応えた。
騎士が苦しそうに言った。
「今更……本当に今更なのだけれど……
かつて君をそんな目に遭わせた剣士というのは、この俺なんだ。
他にできることはなかったとはいえ、人を守るには手に余るほどに俺は弱く──結果的に君を見殺しにした。
夜が明けてからあの場所へ戻って君を探したけれど、闘いの跡も狼の群れも見つけることができなかった。君の姿も」
「……」
アコライトは黙ったまま宙を見つめている。
何を思っているのか、その横顔からは読み取れない。
かつて彼女が希望に満ちていたとき、ほんの一瞬道行きを共にし、
そして彼女のその先の運命をすっかり変えるきっかけとなった、
その出来事に深く関わった当の剣士がすぐ傍にいたことに、
彼女は果たして気づいていたのだろうか。
「ずっと後悔してた。人を守れるように強くありたいと思って、それからは必死に修行を重ねたよ。
君の経験した恐怖や悲しみには比べるべくもないが、俺もあの日のことを忘れたことはなかった。
プリーストから君に引きあわされたときは、生きていてくれたことを神に感謝した。心からね。
一方で、あの日のことを君に詫びる勇気を持てなかった。チャンスはそれからいくらでもあったというのに。」
「……」
「本当に済まなかった。……そんな言葉でどうこう出来る問題じゃないと分かってはいる。
君を酷い目に遭わせた張本人が、信じてくれなんて虫がいい話だろうね。信頼することができなくてもいい……
だけど、今なら君を守ることはできる。その役目だけは俺に任せてくれないか。
償いというだけでなしに、俺が君を守りたいんだ。
……いつか言おうと思っていたことなんだ。結婚してほしい」
騎士はどうしてもそれを言わずにはいられなかった。
彼女の気持ちとはかけ離れたところで空回りしていることを感じながらも。
「……ごめんなさい」アコライトは言った。
「分かっているんです。貴方が誰よりも私のことを考えてくれていることも」
「……」
「だけど。応えられない……」
アコライトは顔を両手で覆った。
「今日は、帰ってください」
騎士が小屋の外に出ると、いつのまにか満天の星が頭上に広がっていた。
出て行ったままのプリーストの姿は見当たらなかった。
(……どうしたら)
どうしたら彼女を解放してやれるのというのだろうか……。
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