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深い森の中、ノービスの少女は大木にもたれて座り込んでいた。
いかにも疲れ切った風情である。
(お腹が……すいた)
慣れぬ戦闘をいくつか重ねたのであろう、彼女の身体には大小の傷跡がいくつもあり、
両腕や頬のところどころには固まった血がこびりついていた。
(のども渇いた)
(でも、もう歩けない)
陽は傾き、東の空はすでに薄紫色に覆われはじめてもいた。
(出発した街は……どっちだったっけ?)
首都を目指して意気揚揚と出てきたまでは良かったのだ。
森の中ですれ違う人のあるうちに誰かに道を訊ねておけばよかったと今では思う。
けれども。
一人で首都へ行くくらいのことができなくてはこの先やっていけないだろう、
そう思って一人で進み戦っているうちに森の奥へ迷い込んでしまったようだった。
疲れ果てて彼女が座り込んだ一角は静かで、人の通りかかる気配すらない。
旅に出るときに持っていたはずの僅かばかりの食料やポーションは既に使い切ってしまっていた。
ときどきモンスターの姿が見えて、どきっとする。
が、幸いこちらから手を出さなければ敵も近づいてこないようだ。
……ここでこうして座って、少しでも体力回復をはかるしかないか。
そう思ったときであった。
ガサッ。
ほど近いしげみを掻き分けて、何かが動く音。
モンスター?
(違う……人だ)
そこから見えたのは軽装の青年──男剣士であった。
剣士はノービスの居ることに気づかず、しかし歩き去るでもなく、
しげみから半身を現した状態で立ち止まり、辺りを見回していた。
(たすけて……)
声をあげようとしたが、口の中がぱさついて思うように声を出すことすらできない。
お願い気づいて、と少女が思ったとき、青年はこちらに向き直った。
薄闇に埋もれそうな中、いかにも力尽きた風情で座り込んでいるノービス。
彼が状況を察して近づいてくるのにさして時間はかからなかった。
「なにか……飲みものを……ください」
近づいてきた剣士に対して、やっとの思いでその言葉を口にする。
それを聞いた剣士は慌てたように革袋からポーションを取り出し、ノービスに手渡した。
受け取って飲み干したところで、ノービスはようやく「ありがとう」と言う余裕を得ることができた。
「大丈夫?どうしたの?」
「道に迷ってしまって……」
「どこへ行くつもりだったの?」
「首都へ行く途中だったんです」
剣士は逆に、首都からこちら──ノービスが出てきた街を目指して歩いてきたようであった。
「もしよければ首都まで送ろうか?ただ俺もこの辺りは不案内なんだが……
転送してあげられるスキルもないし、夜通し歩くことになるかもしれないけれど」
「どうか……どうかお願いします」
ポーションのお蔭でいくらか体力も回復し、戦うことはできなくとも歩いていくことはできそうだった。
先導してくれる人がいるならどんなに心強いことか。
できることなら木の陰よりは宿で眠りたいとも思った。
剣士は革袋からいくつかのアイテムと装備を取り出し、渡してくれた。
ポーションにリンゴ、短剣、ジャケット。
「それほど強いものじゃないが……今、君が持っているものよりは役立つと思うから」
「ありがとうございます!さっそく装備します」
「あ……えっと」剣士がなぜかうろたえたような表情を見せる。
「……なにか?」
「あっちの木陰で着替えるといいよ……俺向こう向いてるから」
「あ、はい」
そんなことを意識するのも忘れてしまっていたことに気づき、少女は顔を赤らめた。
着替えながら、顔くらいは洗いたかったな、なんてことをふと思った。
装備を整え終わると、ノービスは剣士と共に歩き始めた。
彼女は彼に首都のことやこの世界で今起きていることを尋ね、
彼はいろいろな情報を彼女に教えてくれた。
それぞれの街と、そこで売られているもののこと。
職業のこと。
モンスターのこと。
好戦的なモンスターであふれかえるダンジョンのこと。
「首都へいくということは……君はアコライトになりたいの?」
「アコライトって?」
剣士は一瞬目を見開き、少し微笑んで続けた。
「服事ともいうんだ。神に仕える聖職者の人たちだね。神の加護によって人の傷を癒す術式を使うことができるんだよ。」
「首都へ行くのはアコライト志望の人だけなのですか?」
「もちろんそんなことはないけれど……首都には大きな教会があり、そこでアコライトに転職することができるんだ。
転職目的だけでなく、いろいろな人が集まる街でもあるよ。そういえば昔は剣士にも首都で転職できたんだけどなあ」
剣士。
目の前に居る剣士の青年を見ながら、自分は剣士になれるだろうかと少女はぼんやり考えた。
まだ、何になりたいか、わからなかった。
自分に何ができるのかということ。少女はまだそれを考えることができなかった。
まずは首都へ。そしていろいろな物をこの目で見たい。彼女の脳裏にあったのはただそれだけであった。
ふと剣士が歩みを止める。
ガサ……ガサ。
しげみを掻き分ける音が聞こえた。
剣士は片手でノービスを制した。歩みを止めさせると、剣を構え、戦闘態勢を取った。
モンスターなのか……?
しげみの中で、目のようなものがきらりと光った。
汗がにじみ出てきて、額を伝う。一瞬の間が無限の時間にも感じられた。
しげみを掻き分ける音がして、ゆっくりと何かが姿を現した。
それと同時に轟音のように響き渡るたくさんの獣の吠え声。
「……さすらい狼だ!」
剣士がただならぬ声色で叫んだ。
ノービスは何が起きたのかもわからず、ただ怯え、震えた。
「俺じゃ無理だ!逃げてくれ!」
剣士がノービスの手にすばやく何かを握らせた。ハエの翼だ。
「早く!」
剣士が叫んだ。ノービスは動揺してうまく念じることができない。
がたがた震えながらなんとかテレポート、した。
しかしどうしたことだろう。飛んだ場所は元の場所からまるで離れていなかったのだ。
ノービスが飛んだのを見届けてすぐにテレポートしたとみえ、剣士の姿は既に見当たらなかった。
狼の群れはすぐに人間の匂いを嗅ぎつけ、ノービスの元へ駆け寄ってきた。
踵を返して走り出す。
ノービスは必死で駆けたが、足に何かが絡みつく感触がした。続けて、灼けつくような熱さが。
少女は前のめりに転んだ。
(誰か、助けて、助け……)
肩先にも火箸を数本まとめて突き刺されたような熱さが加わる。腕にも。
「いやぁあああああぁぁーーーー!」
闇を切り裂くような悲鳴が森の中に響き渡ったとき、転倒したノービスを組み敷く何匹もの狼の群れの中、
さすらい狼がひときわ高くその身を躍らせた。
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