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高校1年生の時だった。
何かの拍子に、一人の女の子が自分で焼いたレモンクッキーを
学校へ持ってきてクラスの皆に振る舞ったのだ。
爽やかな酸味が少し焦げたクッキーに乗っていた。
それがあまりに美味しかったので、その後の高校生活の中で僕は
事あるごとにまたあれを焼いてくれと彼女にせがんだものだった。
「また今度ね」
彼女はそのたびにそう言って、ポニーテールの長い髪を揺らして、笑っていた。
その「今度」が訪れることはそれきりなかったけれど。
今日は高校のクラス会で。
一年次のクラスで集まるのはおそらく稀有なことなのだろうと思う。
それが自然であるほどに僕らは大して仲の良いクラスだったわけでもなかったし、
キリの良い年齢に達した記念というわけでもなかった。
何もかもが中途半端な中で、とにかく集まった酔狂な同級生たちが十数名、居た。
その中に、彼女が居た。
彼女の顔を見るのは高校時代以来だった。
かつてのポニーテールの黒髪は幾分短くなって、ウェーブをかけてゆるくまとめられていた。
聞けば既に結婚しており、小学生になる息子すら居るという。
「や、年取るわけだよね、俺も」
「――くんは変わらないよぉ。あたしなんかもうすっかり」
そう言いはしても。
ゆるやかなドレープを描く焦茶色のワンピースに身を包み
服に合わせた落ち着いた色合いの化粧をしている彼女は
確かに若い頃とはすっかり雰囲気が変わっていたけれども、
その年齢相応にとても魅力的だった。
「毎日、ごはんとお弁当を作るのね」
他愛のない会話が途切れたとき、ぽつりと彼女が呟いた。
「でも、『おいしい』なんて、なかなか普段から言ってもらえるものじゃないのよね。
…それが不満だっていうわけでもないけど」
よく見ると彼女の目の縁が赤くなっていた。
あまり飲んでいる様子でもなかったのだが。
「俺まだひとりだしさ、なんて言っていいかわかんないけどさ…
――さんの作る飯だったら絶対旨いと思うよ。みんな照れてるだけじゃない?
ほらあのレモンクッキー、本当に旨かったし。俺あれ毎日でも食いたかったもん」
わざと少し的外れな慰め方をした。
「――くんがしょっちゅう焼け焼けって言ってたの覚えてるよ」
彼女はあの頃、また今度と言っていたときの笑顔を見せて、言った。
「あんなに褒められ、必要としてもらえることなんてきっともう無いんだと思う」
二人して視線を落としながら少しだけ笑った。
僕が先刻から飲んでいたウィスキーのグラスの中で氷が溶けている。
今の僕はすっかり辛党になってしまって
あの爽やかなレモンクッキーですら当時ほどには美味しく戴けそうにないのだ。
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