伝達の手間を惜しむと結局自分にはねかえってくるんだろうと思った。
(いや決して惜しみたいわけじゃないんだけど)
特にネガティブな誤解を引き起こしかねないものに関しては
たとえそれが相手の思考の(正直下らないとさえ感じるような)バイアスによるものであっても
そこまで見通した上でかつ誤読の余地がないように
細心すぎるほどの手間をかけてもそれが無駄になることはないと思う。
話題の対象を否定したとき、それは話者の否定を意味はしないが。
またそう解釈することが当然だ、と言うのもそれなりに簡単だが。
だからといってそこで傷つく人間を切り捨てていいかというと。
そういう人は必要ないと割り切れたらまだいいのだけどね。
投稿者 narukami : 2006年08月22日 01:50 | トラックバック