恩田陸『黒と茶の幻想』読了。
…したのはもうちょっと前だったのですが、感想を推敲している時期に先に医龍に手をつけてしまい(ry
初読の作家であり、それもハードカバーで分厚いこの本に
人から勧められた時点では少々怖気づいていたのであったが。
いざ開いてみるとすっきりとした文体で話が進み、
また会話を介した細やかな心理描写が随分魅力的であったので一気に読み通すことができた。
三十代後半の男女4人で屋久島(作中ではY島とぼかされている)へ旅行する物語である。
学生時代にかつて友人同士であり、今はそれなりの年齢に達した各人は
それぞれに家庭を築いている。
ただし、うち一人の男はまもなく離婚するところであり、
若き日に彼と付き合い、いささか苦い別れ方を経験した一人の女は
それを知って心中穏やかならぬ部分が少なからずある。
各人が考えてくるようにとお題として出されていた『美しい謎』。
過去に心にひっかかった解けない謎を持ち寄って語り合い、
それを解明せんと試みる思考実験を道行きのスパイスにするつもりでいたのだ。
それがやがてかつてのカップルの別れの真実へと迫っていく様が4人それぞれの視点から語られていく。
「ある人と結婚するかどうか決めるのに、一つだけ」
質問しておきたいことを何でも訊けるとしたら何を訊くか?
というそんな話題に、
蒔生のかつての彼女である利枝子は
『何か起きたら、それがいいことでも悪いことでもすぐに全部私に打ち明けてくれますか』と答える。
これを言う利枝子自身は自分の考えをなんでもさらしてしまうタイプとはむしろ逆なのだが、
他の誰かが彼女を信頼し、何かを打ち明けてスッキリすることで
彼女自身もカタルシスを得られると考えている。
そこへきて蒔生の答えはこうである。
「『何が起きても、私のことを理解しようとしないでくれますか』だ」
「この質問に『はい』と答えるような女とは結婚したくないんだ。
でも、『いいえ』と答える奴とは絶対一緒に暮らせないだろうし」
表面的には極めて近しい感受性を持っていた蒔生を、
今もなお自分にとって一番の男だと思っている利枝子。
一方それとは裏腹に、深奥で利枝子とは全く趣を異とする女達との類似を、
そして癒され得ぬ孤独を感じ続けてきた蒔生。
直接に間接に彼らの人となりは描写される。
Y島の雄々しい自然、過去の出来事、美しい謎の間を行き来しながら。
と、そんな一冊。
前述のような会話を普段から嗜むような人には割とよろしいのではないかと思います。
関係が気まずくなった時に、男は口を開くことが苦痛になるが、女は沈黙が苦痛になるらしい。
とか苦笑混じりにニヤニヤしてしまいそうな文がそこかしこに見られたりもするし。
…しかしなんでタイトルは"黒と茶"なんでしょ?
『美しい謎』の中あらわれる紫の着物、紫の割烹着、紫陽花等など
この小説のいたるところに"紫"が満ちている。
人名すらも更に絡んでくるこの色にまるで触れることなく
黒と茶とをタイトルに冠した意図がいささか読めなくもある。
他の作品と関連する登場人物も居るらしいので他のを読んだら分かるんですかね?もしかして。
Black and Tan FantasyというDuke Ellingtonバンドのナンバーがあります。日本語の題名が「黒と茶の幻想」。
多分これのこと、あるいはそれを想起させたいのかな、と思います。
わーなるほど。そういう元ネタがあったわけですね。
このお話のレビューを書いてるようなサイトをいくつか見たのですがタイトルには触れてなくて、ひとり首をかしげていたのが氷解しました。
ありがとうきなちゅん*><ノ