低血圧なのもあって、目覚めてもしばらくは布団をかぶって横たわったままで居ることがある。
目は開いているのでまた眠り込んでしまうようなことはないが、
起きられない点では眠っているのと変わらない。
寒くて「あと5分」みたいな悪あがきをしているのではなくただ本当に起きあがれない。
胃も荒れている感じがするし昨晩はなんだかんだで3時寝であったし
単純に肉体的な休息が足りていないのは勿論あるのだが、
それ以上に精神的な休息が必要なのだと思う。
年末に「2005年を振り返る」ということをしなかったのでここで少しやってみるに。
年明けから春にかけては新しい出会いに取り紛れつつも未だ痛みのさめやらぬ時期であった。
夏は感情をその源泉から探るということを身につける過渡期にあり、
感情に振り回されて苦しむことも多い時期であった。
秋は人間関係でのトラブルが多くあらわれた時期であった。
しかしそれまでの半年間で考えてきたことの集大成であり、
より真剣に物を考えるきっかけにもなったと思う。
結果としていくつかの関係は失われ、いくつかの関係に対しては更なる信頼を深めることとなった。
冬には再び自らの問題へと立ち返ることとなる。
しかし内面だけでなくもうほんの少し社会性を伴った話として。
そして12月からは「やりたいことが山のようにある」状態となり、家に帰っても慌しいことが多かった。
年末年始の帰省では
初詣以外家にこもってほぼ何もしなかったものの精神的にまるで休息が取れず、
1月になり自分の居処に帰ってきても週末の潰れることが多かった。
加えて休むと日当が引かれるものだから休めない。(普通だけど)
休息の必要なことだけは明らかなのだが、
どのような形態であれば休息になり得るのかが見えていない。
収入途絶せず将来の不安もない状態を仮に作れるとして
それで10日間も遊んでいられたら十分すぎるほど快復するんだろうけども、
考えるべきは今すぐには実現できないそれをいつか実現するためのルートと
今実現可能な範囲での休息についてである。
将来のことをいろいろ考えているのだが
正社員になることが本当に望みかと問われると決してそんなことはないと思う。
私は基本的に興味関心の向いていることしかできぬ性質である。
それだけなら好きなことを仕事に選べばなんとかなりそうなものだが、
好きな分野、というのはあまり変化しないけれどもいろいろな方向に興味が向きがちである。
何かに興味が沸くとそれに一気にのめり込み他のことは何も手につかず能率が上がらなくなる。
しかも今のように定期的に疲弊し休みたがる。
向き不向きで語るならば会社勤めそのものに向いていると思えない。
(「みんな我慢してるんだよ」と言われようものなら『弟子』の子路の言葉を引きたいところである)
ただ正社員のような保障された位置に居ないと
浮上してくるであろう諸々の問題に対して不安なのだ。
社会保障を自己責任で準備せねばならないことや、
「属性」とでも言うべきものが下がっていくこと。
その手の不安をはねのけられる程十分に"稼げる"だけの才もないということ。
「将来的にはフリーランスが良いが実力がまだ不足しているので
ひとまず正社員として就業しキャリアを積む」でも全然構わないといえば構わないのだが、
進みたい方向と違う方向に対してキャリアを積んでも仕方ないのではないかと思う面もあって
なかなか腹が括れない。
IT屋は嫌いじゃないんだけどバリバリやろうとはどっかで思っていないんだね。
(関係ないが小学校の文集に書いた将来の夢は「エニックスのプログラマー」であった。
後年プログラマーにはなったしチュンソフトでバイトもやったのだが全然夢が叶った気はしていない。
まああの手のものには微妙になりたいものとは違うものを書いてた気がする。ピアニストとか。)
属性が変化すること自体が苦痛であったりもする。
自分が苦痛なのではなく社会的評価が下がるという苦痛なのだが。
これは恋愛に擬えて言うと
「付き合った相手がこれまでに3〜4人居ます」程度であれば
ちょっとこなれた相手なら全く気にしないで接してくれるだろうが、
それが10人〜11人だったり好きでもないのに生活のために付き合っていたんだったり
付き合いの様があまりに自堕落であったりちょっと喧嘩するとすぐ別れてたんだったりしたら、
いくらその全てで何かを学んできたから後悔はしていないとか今は反省していると言ったにしても
多少ぎょっとされるようなものだろうと思う。
入社面接なんてそんな手の内明かした上で
たった1回の合コンで好みの相手(しかも付き合ってみたらどう化けるか分からない)を
落とすようなもんなわけで、
それでどうにかできるという自信が欠片もない当人としては正直きついにも程がある。
今はまだオチはありません。