2005年08月20日

理念と現実と盲点と(8/18)

直接には文句を言わずにいる相手を
Web上の日記などを介して断罪することは避けて通るべきだと思っていた。

どうしてもやるというのなら、その相手が絶対に見に来ない場所で、
その相手を知らない人たちだけが見ているという前提であくまで愚痴として表されるものであって
間接的に伝えて改善をはかろうなどというのは有り得ないと思っていた。

また、
「点は繋がって線になる」という言葉を気に入って使っていた時期があった。
昔、オンライン/オフラインで付き合いのあった集団の中で
数人のWeb上の日記、或いはBBSを見て回るうちに
自分の目で見たわけではない何かが起きていることが、
そしてまた何が起きているのかがなんとなく読み取れてしまう瞬間があった。
それを指して「あ、線繋がった」などとこれまた内輪で言っていた。

だから逆に、ネタとして明瞭に文章にするでもなしに
何かがあったと匂わせ、内容を朧げにでも推測させてしまうようなことは極力書くまいと思ってきた。
たとえ日記とはいえ、人目に触れるところで文字表現を行う上での、それがマナーであるだろうと。
(それでもたまに不明瞭なことも書く場合はある。その辺の言い訳はここでしてます)

けれど自分に課してきたその2つのルールには穴があったことにこの度気づくところとなった。

わたくし、
他人との接触ないしはそこから感じたことを自己分析の材料とすることがめちゃめちゃ多いです。
多分趣味っていうかもはやライフワークの域だと言えましょうしょう。
悟浄ですもの!!(開き直り

ハイ、それはそれとして。

仮に冒頭で述べたルールに沿って今までやってこれていたとしても。
公開された文を使って相手を批判したりしていなければそれでいいと、
他人が見て何があったか推測されてしまわなければそれでいいのだと、
思ってたから、

分析を引き起こした当事者には分かってしまうような文が書かれている場合も
相手に重荷を感じさせることがあるのだという話をL氏がしてくれて。

初めて気づいた。
−そのことには重きを置かずにきてしまっていたのだ。

そんなことを念頭に置いて少し日記を読み返してみた。

・・・うわぁ o...rz

り、留意します・・・。

それとはまた別に去年の秋頃までの日記はえらい尖ってんなぁと思った。
さすがに年明けてからはちょっとはマシになった気がする

---

ところでこのエントリを書いているうちに
冒頭の2つのルールですらちゃんと成立させられているか心配になってきました。
例えば"私が彼氏と喧嘩した日"が
読んでると分かるよっていう人、居ますか?(笑

「つーかいたの?全然分からん」と言われたら自分的には成功してる。(何
でもやっぱ憶測を生むような文自体が少なからず存在するのは美しくないなあんまり。

投稿者 narukami : 2005年08月20日 13:46 | トラックバック
コメント

ある日の出来事をきっかけに思索する&日記ネタとして公開するってのは普通だし別に構わんと思うのです。たとえネガティブ分析でも、対象が出来事自体に向いてるなら、別に誰が読んでもOKOKでしょう。
ポイントは、その思索が、出来事に関わった人との関係性に疑問を呈するようなタイプだと、そりゃその相手は面白くないだろうという点。そういう文章は、ナルカミ氏曰くの「間接的に改善を図る」意図と読まれて仕方ないわけで。
まぁ対人関係等人間が主体の出来事の場合、出来事から関係する人間に疑問が波及しないことなどなさそうではありますが:)

Posted by: L : 2005年08月22日 16:40

>そういう文章は、ナルカミ氏曰くの「間接的に改善を図る」意図と読まれて仕方ないわけで。
にう><

>対人関係等人間が主体の出来事の場合、出来事から関係する人間に疑問が波及しないことなどなさそうではありますが:)
アレですねー
何かしら推測されちゃうのはどうしようもないんで(笑
隠してるようで(あちこち見てると)分かっちゃう、ってのはどうにも美しくないから
それなら本当に訳わかんないかはっきり書いちゃうかでありたいなあと。
と同時に訳わかんない率が高くなると公開するに値しないので・・・って感じです。

Posted by: ナルカミ : 2005年08月22日 22:36
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