さすがに何をするでもない3時寝、とかをやらかすと眠いですが私は元(ry
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こちらが認識違いの余地を残されることに疲弊を覚えるが如く
認識違いの余地を残せないことに疲弊する人もいるんだろう
ストレートに合う合わないで考えれば合わないであろうその差異を
それでもなんとか乗り越えたいと埒もなく望んでみる。
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3/6のうさだBlogを読んで。
氏が非常に気に入って後を追うような形でギルドに共に入ったフレンドが居たそうだ。
だがその後、そのフレンドはリアルが多忙になった模様で。
>最近では 1日大体 1時間程度しかログインできないという状態が続いていた。彼は ML も AF も揃わず、我々が NF grp を組みたいと思った時にも、ほぼ頭数に数えることのできない存在になった。その結果どうなったか。ふと気付けば、私はひどく冷淡な目で彼を見るようになっていた。はっきり言えば、使えない奴だと思うようになっていた。
当事者の人格とは一見関係があるようで関係なしに、こうした事態が往々にして起こり得る。
「白くても黒くてもon率が高い猫が良い猫」になってしまうのだ。
もっとも、on率の高い中でも更にねずみを多く取れる猫、取れない猫、
懐く猫、懐かぬ猫などあらゆる選別が可能ではある。
しかしon率の低い個体は当初からそうした選別の場に立たされもしない。
つまり関係性を築くための最初のハードルを越えることができない。
ある集団が何らかの目的意識を共有することで成立するのは自然にして自明なことだが、
目的意識を向けるべきものがあくまで"リアル時間を犠牲にした上で成り立つ娯楽"であるため
そうした娯楽に対する個々のスタンスやリアル事情に激しく左右されるところとなる。
私の場合ネトゲにおいて求めるものが他人との交流、それも一過性のものよりは恒久的な
"仲間"の構築であったのだが、
"仲間"を持つために何らかの集団と交流を持つことが可能となる程度に
on状態をその集団の成員と共有する必要があり、またそこまでして得た仲間と
ネトゲを離れたらもはや会話を楽しむこともできないとしたら
果たしてどれほどの意味があるのだろうかという疑念が
ネトゲそのものに対する関心が薄れるにつれ強まるところとなった。
いや別にネトゲ離れても話したいことが話せるような関係性が築ければ
どうだっていいんですが。
そこら辺にもともと長けた人間じゃないという事実を鑑みるに、
ひきかえにするものの大きさを重荷に感じるようになったということ。
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>どの方向が前なのか分からないから、前向きな気持ちなど持ちようがない。問題があり解決法がない状態に対する答えが現実逃避だった。ネトゲはログインすることさえ止めれば全ての問題から簡単に逃げることができる。それが余計に危険だと言われればそれは全くその通りなのだが。
どの方向が前なのか分からない、は非常に手痛い指摘であると思う。
ネトゲからの「卒業」は逃避の手段としてではなく
何か別の目標をもった際に結果として行われるのが最も美しい。