誰かに怒りを感じたときや嫌いだと思ったとき、
文章に表すのがしばらく常であった。
今もどうしようもなく一線を越えた場合はそうしている。
だが、そうして文章に表すにあたって。
怒りの理由、相手を嫌いな理由に言葉を尽くすのを
なるべく止そうと思うようになった。
その理由を使って怒り自体を正当化しがちだからだ。
そうした理由の中にこそ自分の思想があるのだと思っていた。
それを分かってくれる人だけ自分の傍に残ればいいと思っていた。
しかし正当化をはさむとそこで何もかもが止まってしまう。
過日友人とこんな話をした。
「100%満たされたら幸せなんだろうと思ってると
いつまでも今はまだ幸せじゃないって思ってしまうけど」
「なんで100%にならないかって言ったら成長してくからなんだよね」
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随分長く朝風呂が習慣化していたが夜風呂派に変えようと思った。
先日美容院でトリートメントをやった際に
家ケア用のトリートメントが付属してきたのだが、
それを今日やってみたら施述直後の指通りがあっという間に再現>< すばらC...