なんだかんだで仕事決まりました。
30日面接の1日就業開始だったり。しかも過日流れた話より格段に各種労働条件悪かったり。
給与面とかは変わらない(僅かに良くなってる)のですが
拘束時間は休日にまで及ぶおそれが濃厚そうです
そんな感じで盆休みもないかもしれません
つまり予定されてたオフとかオフとかあやういです(´・ω・`)
オフで顔を合わせるのが楽しみだった子とか!
ボーリングしてる姿を見るのが楽しみだった子とか!!いるのに
そーいう機会が失われるのはなんかもうやだなつらいなーと思う。なんとか休めねーかなぁ・・・
いちお3ヶ月の案件なので3ヶ月でトンネル抜けることを祈るばかりです。
3ヶ月の辛抱、とか考えてたら。
「何か起こっても直ぐ忘れてしまうとか、
お金で好きな物を買ったり、 異性との交際に
ワクワクすることで救われたりとか、
そういうことで救われている人たちには
本当に申し訳ないのだが、 お前らは
全員地獄に堕ちればいいと思う。」
わたくしの好きなBlogにはこんな一文が書いてあるのですが、
なんつーかね。
そういうので救われててもいいと思うんですよ。
そら地獄に堕としちまった方がなんかビート文学みたいでカコイけど。
だけどそこで終わったらやっぱりダメなんだろうとか思いました。
食ってけりゃいいやだとか、
そりゃまあ食っていけることは重要なんです。でもそこで終わるのはなんかどうなのかなと。
仕事にするようなことじゃなくてもいいから何らかの人生の目的だとかライフワークだとか、
そういうもの無くして
食うために日々仕事して、ストレスを取るために何らかの娯楽を重ねて、
ってのは多分多数派なのだろうけど何かやはりどうしようもなく空疎だ。
辛抱するのぁ結構だがその先に光さすビジョンはあるのですか?と自らに問うてみる。
何をライフワークとするのか、ということはここでは明言を控えますが。
それはそれとして。
過日K嬢と話していたときに「自分の子供は欲しいか否か」という話になり。
私は割と居ても居なくてもー派なのですが、
それは親子関係というものの選択の余地のなさに価値を見出せずにいるからだったりして。
(ちなむにK嬢は子供欲しい派)
けれども同・K嬢の言うに。「障害者の子っていつまでもコドモだからかわいいよ」というのです。
意志を以って選び選ばれる関係とかいうのとそういうのは
恐らく次元が違うところにあるわけですが、
そこで「選んで親子になるわけじゃなし」と思っている自分の捉え方が
初めて狭いものと思えたのですね。
自分にとっては相互に選んだものでなければ愛情を見出せないのが現状だとしても
それが全てじゃないという糸口はどっかにあって、まだ見えてなくて、
でも存在しているであろうことはわかる。絵空事ではなく。
後になってから必要だと判断するか否かはわからないけれど、
その糸口に辿り着きたいなんてことを思ったのでした。
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くらたま本の「喫茶店で2時間もたない男とはつきあうな」を読んでみたら
思ってたよりずっと面白かった。ですよ。
その中に偏愛マップというのを作成してみようという章がありまして。
1.何も書いてない紙を用意。A4大以上。
2.真中に名前を書いて。
3.好きなお店・食べ物・CD・本・映画などなど
自分が"偏って愛しているもの"をどんどん書き込んでみる。
人・モノ・場所など何でもOKだが具体的にあらわすこと。
制限時間はなしで心ゆくまで書く。
と、そのマップを人と相互に見せ合いながら喋るのが本来の使い方であるそうな。
これもなかなか楽しそうですね!!